« 希望 | トップページ | 義兄家族を訪ねて(続き) »

義兄家族を訪ねて

4月2日の午後、夫と義弟が我が家の車に積めるだけの支援物資を持って、岩手県宮古市田老地区に住む義兄家族のもとへ出発しました。
その日の夜は盛岡で一泊し、翌朝に田老へと向かいました。

現在、田老地区では7つあった避難所が高台にある「グリーンピア三陸みやこ」に集約されています。避難されている方々は敷地内にあるアリーナ(大きな体育館)での生活を余儀なく送っていらっしゃいます。義兄の仕事場はそこに設けられた診察室です。津波の被害を受けた診療所からかろうじて残った品々を運び込んできたそうです。
Photo

家族への荷物の他にお嫁さんのYちゃんから要請のあった品を支援物資を管理している体育館へと運びます。
Photo_2
【ロープ左側が食料。右側が食料以外。】
グリーンピア全体で800人近い避難者がいらっしゃるそうなので、物資置き場も広いです。Yちゃんからのリクエストで持って行った二層式の洗濯機が喜ばれ、あと9台追加で設置して貰えることになったそうです。

義兄が仕事の合間をぬって夫達に津波の爪痕を案内してくれました。
義兄としては弟達にちゃんと見て欲しかったのだと思います。
Photo_3
【漁船に氷を積むための貯氷施設】

Photo_4
【残った防潮堤の門】

Photo_5
【引き波で海側に倒された防潮堤】

地震後の調査によると、押し寄せた津波は陸地をさかのぼり37.9メートルの高さ(遡上高)まで到達したとのこと。義兄の話では防潮堤の壊れた部分から津波が回り込み、予期せぬ方向から波が押し寄せて来たそうです。

Photo_6
【診療所の時計。津波が流れ込んだと思われる3時28分で止まっている】

Photo_7
自衛隊の方々がきれいに瓦礫をよせ、大きな物は撤去された後でした。
義兄達の住んでいた家も木っ端微塵に流され跡形もないそうですが、被災された方々にとってはそれをただの瓦礫の山と呼ぶにはあまりにも切なく辛いことだと思います。

Photo_8

当日のお昼ご飯(白いご飯とマカロニサラダ)のデザートに出た杏仁豆腐。それを食べるスプーンがなかった事が気になっていた5歳の甥っ子。瓦礫の中からスプーンを発見して大喜び。こんな時でも明るく響く子供の無邪気な声に救われます。

【続く】

|

« 希望 | トップページ | 義兄家族を訪ねて(続き) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 希望 | トップページ | 義兄家族を訪ねて(続き) »