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2011年4月

息子頼み・・・(^_^;)

夫が入院中、留守を預かる者として一番大変なことsweat01
夫が入院した夜にベッドの中ではたと気が付き、思わず布団を頭からかぶってしまったことsweat01

そ、それはこの子達のお世話~(°°;)))オロオロ(((;°°)~

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ヘラクレスオオカブトのメスです。一匹なら、私1人でもなんとか頑張れるsweat01
でも、でも・・・。
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大所帯なのですcoldsweats02

生まれた卵が順調に育って、この他にオス達がサナギの姿で待機中です。
命を全うするまで我が家の一員には間違いないのだけれどsweat01

結局、私はゼリーの蓋に切れ目をいれる役目だけで、あとはキャーキャーとうるさい私を見かねた息子が全部やってくれていますsweat01

息子よ、頼りになるなぁgoodshine

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はなすず家の災難

被災した義兄一家といつでも携帯で電話やメールができるようになり、一気に安堵感が倍増しているはなすず家です。

・・・が、ホッとしたのもつかの間、今度は夫が椎間板ヘルニアで緊急入院してしまいましたcoldsweats02
先週末から痛みがひどくなり歩くことも座ることも出来ないほど悪化してしまったため、今週頭から入院しています。
手術はしない方向で痛みを緩和させながら、自然消滅するのをひたすら待っているという何とも消極的な戦いの最中ですsweat01
激痛からは徐々に解放されつつあるので、ブロック注射もしないで様子を見ているところです。
必死のトイレ以外は寝たきり状態の可哀想な夫ですweep そんな中、「格好いいヒゲ」を生やす計画を実行中の明るい夫です♪

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私といえば毎日の病院がよいのお陰で、大、大、大の苦手だった地下駐車場へ車を駐める事にだいぶ慣れてきましたcoldsweats01 ちょっとした達成感を感じておりますgoodshine

次なる克服すべき目標は、「給油」です。
いきなりセルフは無謀かな?

思いもしない事が起きる人生ですが、どんな時も変わらない犬たちの健やかな心に支えられている毎日ですshine

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はな、12歳の誕生日♪

昨日(4月19日)、はなが12歳になりましたbirthday
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【縁側で日向ぼっこのおばあちゃん(笑)】

大なり小なり色々あったけど、なんとか12歳なりの元気さでここまでたどり着きましたgoodshine
老いて来た犬の愛らしさといったらパピーの可愛らしさとは全く別の何とも言えない深~い味わいがあります。
ヘンなところに生えている白髪とか、年季の入ったイビキとか、呼ばれて面倒臭そうにトボトボ歩いてくる姿だとか幾つも幾つも列挙できるほど。

ちょこちょこと出来ている小さなイボでさえ愛おしくてたまらない(^-^;

ちょっとマニアックかもしれないけど、この気持ちに共感してくれる人はきっとたくさんいると思います♪

思いもしない事が起きる人生だけど、平凡で掛け替えのない毎日をじっくり味わって一緒に生きていこうねheart04

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従兄と一緒に

あの日から一ヶ月あまりが過ぎました。
宮古市田老地区の小学校は4月25日の再開をめどに準備が進められているそうです。新学期まで少し時間があるので義兄の6年生になる長男がはなすず地方に遊びに来ています。我が家の隣にある夫の実家に泊まっています。

津波でDSもソフトも流されちゃったので、早速おばあちゃんに3DSを買って貰っていましたgoodshine新学期のスタートが遅れる代わりに、夏休みと冬休みが1週間ずつ短くなると不満そうな甥っ子ですcoldsweats01


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【左が甥っ子、右が息子】
息子(小4)が通う小学校が短期での体験入学を受け入れて下さったので、今週からふたり一緒の登校班で通学しています。

一学年一クラスの小さな小学校に通う甥っ子。
全校生徒が千人規模の小学校にちょっとドキドキしていたけど、全然大丈夫だったみたい。
「君がKくん?先生から話を聞いているよ。よろしくね~」って握手を求められ、暖かくみんなに迎えて貰えたそうです。

2週間ほどのステイだけど、今度は夏休みに来られるね。
今度はママや弟達も一緒にねwink

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義兄家族を訪ねて(続き)

今回、このブログに震災の記事を書くべきかどうか悩みました。
実際に被災していない私が書いていいものか・・・。

でも、義兄が「あと一年、あと一年」と悩み葛藤しながら地域医療に取り組んできた10年間。それを支えてきたYちゃんと子供達。時にぶつかり合い議論しながら見守ってきた私達家族。この10年間でやっと作り上げてきたものをあっさりと奪い去ってしまった津波。

そこで暮らす数多の人々の平凡で幸せな日常をあっという間に飲み込んでしまいました。そこに起きた事実を知って頂くことで、何かそれぞれに見えてくるものがあればそれなりに意味があることなのかもしれません。

決して涙がこぼれるような話や胸を打つような話ばかりではない厳しい現実がそこにあります。美談に仕立て上げられるのはかなわない・・・というのが義兄の本音だと思います。
もだえ苦しみ挫折しながら、それでもなお日々の暮らしと向き合ってきたたくさんの人達が直面している現実なのです。

義兄が働いていた診療所と避難した時の事を説明した動画(撮影:夫)です。

【診療所内部】

【避難した道】

【ニュース映像】

小さな一個人として出来る事はないか、でも出来る事は限られているのではと悩み迷い、胸を痛めている方も多いと思います。私もその一人です。でも向き合い方は100人いれば100通りでいいのだと思います。

元気な私達が飾られていない事実をきちんと把握しながら健全とした日常を送る事も回り回って被災された方々のサポートに繋がっていくこともあるのだと思います。
三陸の美味しいわかめやホタテ、カキや秋刀魚を早く食べたいと願うことでもいいのだと思います。風評に惑わされずに福島の美味しい野菜を買うことでもいいのだと思います。

私達も義兄やYちゃんに話をよく聞きながら自分達の出来る事を模索し、こちらでの毎日を今まで通り元気よく過ごして行こうと思っています。

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義兄家族を訪ねて

4月2日の午後、夫と義弟が我が家の車に積めるだけの支援物資を持って、岩手県宮古市田老地区に住む義兄家族のもとへ出発しました。
その日の夜は盛岡で一泊し、翌朝に田老へと向かいました。

現在、田老地区では7つあった避難所が高台にある「グリーンピア三陸みやこ」に集約されています。避難されている方々は敷地内にあるアリーナ(大きな体育館)での生活を余儀なく送っていらっしゃいます。義兄の仕事場はそこに設けられた診察室です。津波の被害を受けた診療所からかろうじて残った品々を運び込んできたそうです。
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家族への荷物の他にお嫁さんのYちゃんから要請のあった品を支援物資を管理している体育館へと運びます。
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【ロープ左側が食料。右側が食料以外。】
グリーンピア全体で800人近い避難者がいらっしゃるそうなので、物資置き場も広いです。Yちゃんからのリクエストで持って行った二層式の洗濯機が喜ばれ、あと9台追加で設置して貰えることになったそうです。

義兄が仕事の合間をぬって夫達に津波の爪痕を案内してくれました。
義兄としては弟達にちゃんと見て欲しかったのだと思います。
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【漁船に氷を積むための貯氷施設】

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【残った防潮堤の門】

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【引き波で海側に倒された防潮堤】

地震後の調査によると、押し寄せた津波は陸地をさかのぼり37.9メートルの高さ(遡上高)まで到達したとのこと。義兄の話では防潮堤の壊れた部分から津波が回り込み、予期せぬ方向から波が押し寄せて来たそうです。

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【診療所の時計。津波が流れ込んだと思われる3時28分で止まっている】

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自衛隊の方々がきれいに瓦礫をよせ、大きな物は撤去された後でした。
義兄達の住んでいた家も木っ端微塵に流され跡形もないそうですが、被災された方々にとってはそれをただの瓦礫の山と呼ぶにはあまりにも切なく辛いことだと思います。

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当日のお昼ご飯(白いご飯とマカロニサラダ)のデザートに出た杏仁豆腐。それを食べるスプーンがなかった事が気になっていた5歳の甥っ子。瓦礫の中からスプーンを発見して大喜び。こんな時でも明るく響く子供の無邪気な声に救われます。

【続く】

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